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知っておこうワクチンの基礎知識
対談
語る人
久留米大学感染制御学教授
渡邊 浩
聞く人
九州大学病体機能内科教授
「臨牀と研究」編集委員
北園 孝成
北園
本日は,久留米大学医学部感染制御学講座渡邊浩教授から,ワクチンについて,その基礎的知識から最新のトピックスまでお話しいただきます。渡邊先生どうぞよろしくお願いいたします。
ワクチン開発の歴史
北園
それではまず,ワクチン開発の歴史についてお話し下さい。
渡邊
ジェンナーは18世紀後半のイギリスの開業医です。当時,人類の脅威だったのは天然痘で,ジェンナーの前にも,イスラム圏では,かかった人のうみを塗りつけることによって,病気を予防できるという概念はあったようです。ただ,天然痘にかかった人のうみをそのまま塗りつけると当然病気になってしまいますので,このときは天然痘に似た牛痘という,牛の間にも同じような病気があって,人間も牛痘にかかることがあったのですが,牛痘にかかった人は天然痘にかからない。要するに,同じタイプの病原体で,天然痘より牛痘のほうが弱毒でした。そこで,牛痘にかかったサラ・メルネスという乳搾りをしている女性のうみ── いわゆる弱毒の生ワクチンを,ジェームス・フィリップスという少年に植えつけて,その後に天然痘を接種してもこの少年には感染しなかった。これが言い伝えられているジェンナーのワクチンです。もちろん,世界には,同じようなことをしていた方がほかにもいて,先ほど申し上げたように,福岡では秋月藩の緒方春朔。緒方春朔の種痘のやり方というのはジェンナーとは少し違うのですが,同じ時期,もしくはちょっと早かったのではないかと言われています。
北園
天然痘が撲滅されたのはいつですか。
渡邊
1958年に世界保健機関が天然痘根絶計画を立てて,ワクチンを品質管理して世界に供給して,1980年に根絶宣言をやっています。実際には,計画が可決されて20年ちょっとで撲滅した。これは人だけが宿主なので,感染者がいなくなるとどこにもうつらない。患者がいなくなれば,もうそこで終わりということで,撲滅ができたという事例です。
北園
1800年頃に天然痘ワクチンの方法が発見されて,実際にその病気を撲滅するまでには,かなりの時間がかかったわけですね。
渡邊
応用されて一つの感染症をなくすまでには,やはり100年以上たっているということになります。
ワクチンの種類
北園
ワクチンの種類について教えて下さい。
渡邊
ワクチンは大きく分けると2種類で,1つは生のワクチン,弱らせているけど生きた病原菌を入れるタイプと,もう1つは生ではないもの,それには不活化とかトキソイドが含まれるわけです。当然,生ワクチンというのは,弱らせた病原体を体の中に入れて軽い感染を起こさせて免疫をつけるタイプですので,ともすると病気になってしまうリスクがある。確かにポリオは,生ワクチンを導入するようになってから激減しました。私はちょうど1961年生まれで,このころ年間5,000人ぐらい発生していたので,学校に行くと小児麻痺の子供たちがそれなりにいました。当時,ソ連から生ワクチンを輸入してから激減しています。
ただ,生ワクチンだったので,年間やはり数例,当時100万人に1,2人ぐらいはポリオと同じような麻痺が残ってしまうという副反応がありました。それが問題になって,今はもう注射の不活化ワクチンに切りかわっています。したがって,今,ポリオのワクチンを打ってポリオになるという人はいないわけです。ただ,生ワクチンは効きめが長いというメリットもある。不活化ワクチンやトキソイドになると効きめが短いので,回数を多く打たないといけませんし,大人になって免疫が下がった状況でポリオがある国に行くと感染してしまうリスクがある。
ワクチンと免疫
北園
実際に病気になって免疫を獲得する場合と,ワクチンによる場合とはどのように違ってくるのですか。
渡邊
結局,免疫を獲得するためには,病気にきちんとかかるのが一番有効ではあります。能動免疫と受動免疫に分かれていて,能動免疫というのがいわゆる病気にかかるということです。予防接種も能動免疫ですけど,当然,病原体と接触して病気になるときというのは,かなり多くの病原体に接するわけなので,非常に強い免疫ができます。ですから,麻疹にしても,風疹にしても,水痘にしても,おたふく風邪にしても,通常は1回かかれば2回はかからない終生免疫の病気ですけど,残念ながらワクチンでは終生免疫を得られない。生ワクチンも,以前は1回打ったら終生免疫ができると考えられていたのですが,実はそれは間違いで,ある程度長くもっても,やはり免疫は下がっていき,結局かかってしまう。この前の沖縄の事例ではっきりわかったことは,1回打ちの20代から40代が多くかかっているのですが,実は10代以下の2回打ちの世代でもかかった人がいるので,ワクチンでは必ずしも終生免疫は得られないということです。ですから,ちゃんとかかるのとワクチンを打つのでは,終生免疫が得られる,得られないという歴然とした差があります。
以前はあるお母さんが,子供にワクチンを打つよりも,麻疹やおたふく風邪にかかった子供のところに連れていってうつしてしまえばいいのではないかというようなことを言われていた。ところが,本当に麻疹にかかってしまうと,1,000人に1人ぐらいは重症化して命を落とす。ワクチンでは弱毒化していますから,そういうことがないわけです。ですから,インフルエンザみたいにどんどん変異して,1回かかっても別のタイプが出てくるというものは別ですけど,そんなに複数の病原体がない場合は,きちんとかかったほうが免疫がかなり長く続く。しかし一方で,実際に感染すると,時に重症化して脳炎を起こして命を落とすリスクが高くなってしまう。そういった意味では,100%ではないですけど,ワクチンを適切に打ったほうが重症化することなく免疫を獲得できる。生ワクチンは,1回で大体80~90%の抗体獲得率になりますけど,2回打てば95%ぐらいになります。
北園
ある感染症に1回感染した方は大部分の方が終生免疫ができているのが,ワクチンによる免疫は必ずしも免疫が持続するとは考えずに,その感染症に発症する可能性も念頭に置かないといけないということですね。
渡邊
そうです。私のところではトラベルクリニックというのをやっていまして,企業派遣で海外赴任をされる方々に,日本にはない狂犬病だったり,頻度が少ないA 型肝炎であったり,そういうものを打っていました。
ところが,2016年にこのような事例の報告がありました。36歳の男性がインドネシアに赴任される前に,トラベルクリニックでA 型肝炎やB 型肝炎といった,いわゆるトラベラーズワクチンという海外渡航者が打つワクチンを打ちました。麻疹ワクチンは子供のときに1回打っていたので,打たずに行ったら,向こうで麻疹脳炎にかかって人工呼吸器管理になって,命は助かったけど後遺症が残ってしまった。このような事例が実際に出て,国立感染症研究所のホームページに載っています。このことを踏まえて厚労省の検疫所のホームページでは,麻疹ワクチン接種は,先進国だろうが途上国だろうが,短期だろうが長期だろうが,全員ちゃんと接種するようにという推奨を出しています。
ワクチン接種の目的
北園
次に,ワクチンを使う目的について教えていただけませんか。
渡邊
海外渡航者ということでくくると,3つのタイプのワクチンがあります。1つは,自己防衛のためのワクチン。A 型肝炎,B 型肝炎,腸チフス,狂犬病のワクチンは,その人がかからないためのものです。また,麻疹,風疹,水痘,おたふく風邪のワクチンは,本人がかかると周りに広がってしまいますから,自分がかかるのを予防するだけではなくて,周囲に広げないという意味合いも含んだタイプのワクチン。それと,InternationalHealth Regulations で決まっているのですが,例えばアフリカに行く場合,国によっては黄熱ワクチンを打たないと入れないとか,メッカの巡礼にサウジアラビアに行くためには髄膜炎菌ワクチンを打たないといけないとか,要求されて打つものです。
北園
一般的なワクチン接種の目的も同様に考えていいのですね。
渡邊
定期接種として子供のときから無料で打てるタイプのワクチンの中には,個人がうつらないというだけではなくて,周りに広げないという意味合いが含まれたものが多いと思います。
北園
社会的な意味がかなり大きいということですね。
渡邊
はい。
北園
ワクチンを接種することによって感染症が軽症化することも期待されますね。
渡邊
ワクチンにも,例えばA 型肝炎のように,打ったらほぼ100%に近い抗体ができて,まずかからないというものもあります。一方,インフルエンザのように,打ったからといって完全には感染を予防できないけど,いわゆる重症化を予防するというタイプもあります。それは投与方法にもよると思います。
1994年,子供たちはワクチンを打っているのにインフルエンザにかかる,全然効かないということで,定期接種をやめてしまった。そうしたらどうなったかというと,高齢者の死亡が増えた。というのは,単にインフルエンザにかかって亡くなったというだけではなくて,ご高齢の方がインフルエンザにかかって,その後,細菌性肺炎を起こしたり,持病が悪化して亡くなった。それまでの高齢者の超過死亡というのは1年間に全国で1万人前後ぐらい。それが,子供がワクチンをやめてしまったら高齢者の死亡数がこんなに増えてしまって,慌てて,やっぱりワクチンを打たないといけないということで,ワクチン接種を再開することで死亡率が大きく減少しました。これは当時,菅谷先生がまとめた論文ですけれども,結局,重症化を防ぐのにはワクチンは非常に有効だということです。
このように,なぜインフルエンザのワクチンには効く効かないがあるかというと,インフルエンザのタイプで人間に流行したのはH の1,2,3ですけど,鳥にはH の1から16まであって,しかもどんどん変異をしているからです。それと,現在はA 型2種類とB 型2種類の4価ワクチンで,あらかじめ流行するのではないかというものをWHOが予測して作るので,うまく当たると予防効果が高いけど,外れると,せっかく打ったのにあまり効果が期待できないということになる。そういう予測をもとにやっているということも一因です。
もう1点は,注射で打つワクチンだということ。要は,インフルエンザのウイルスは鼻と喉から入ってくるので,注射で打ってもここには免疫ができない。つまり,ウイルスが血液の中に入って初めて抑制するから,感染の最初の入り口を塞げない。今,海外では経鼻ワクチン,鼻にスプレーをするタイプのワクチンが臨床応用されていて,実際に使われています。これだと鼻と喉にはIgA,そして血中にはIgG という2つの抗体を作りますから,かかりにくいし,重症化もしない。
ただ,残念なことに,これは生ワクチンです。生ワクチンを侵入門戸に入れるということは,当然インフルエンザの症状が出てくるので,アメリカでもこれが適用になるのは2歳から49歳。つまり,2歳未満の小さな子供とか高齢者といった,なったら一番困る人たちが対象に入らないわけです。ですから,今,日本では,感染研にいる長谷川秀樹先生あたりが中心になって,不活化での経鼻ワクチンの開発をやっていて,これは臨床第Ⅲ相まで行っています。
私,個人的には,インフルエンザのウイルスは,上気道に免疫を作らないと完全には防げないので,こういうタイプのほうがいいと思います。ただ,これができたとしても,流行株を予測して作るということに変わりはないのではないかと思います。物すごく種類があってどんどん変異していきますので,はやるものがどれかを予測して,それを全部カバーしたものを入れることは難しいだろうと思います。
北園
インフルエンザワクチンの場合には予測が外れることがありますね。
渡邊
そうですね。だから,インフルエンザのワクチンというのは,予測をもとに作るので当たり外れがあるということと,もともと感染の侵入門戸に免疫を作ることができないので,感染の予防には必ずしも十分ではないけど,血液の中に入ってくるウイルスをちゃんと不活化できるので重症化の予防にはなる,そういうタイプのワクチンです。
ワクチンの副作用と留意点
北園
次に,ワクチンの副作用と安全性についてご説明ください。ワクチンは安全なものだというのはわかっているのですが,まれに合併症が起こるというのも気になるところです。
渡邊
これは医療行為全般に言えることですが,いいことばかりで,悪いことは全くないということはない。それは飲み薬にしても注射にしても同じことで,ワクチンも同じだと思います。当然これはメリットがデメリットを上回るからやるわけですが,我々がより注意しないといけないのは,生ワクチンを打ってはいけない人です。免疫が低下している人に生ワクチンを打つと,発症のリスクが高くなります。例えば,免疫抑制剤や,慢性関節リウマチや炎症性腸疾患の治療薬のレミケードやエンブレルといった生物学的製剤を使っている方,あるいはステロイドを大量に使っている方,あるいはエイズの患者さんとか,こういう方には当然禁忌になってきます。それから,妊娠中の方にも打てません。
ですから,そこら辺の問診をよりきちんととらないといけませんし,そして,先ほど申し上げたように,まれに感染が起こる。私が学生におたふく風邪のワクチンを打ったら,4週間後ぐらいにおたふく風邪様の症状が出てしまったことがあります。ワクチン接種するときにどうするかというと,まず,頻度が少なくても,起こってもらって一番困るアナフィラキシーショックの既往がないかどうか,問診をきちんととる。ある時麻疹のワクチンを打ちに来た人に問診をとっていると,「アレルギーがある」のところに「麻疹」と書いてあったから,どういう意味ですかと聞いたら,麻疹のワクチンを打ったらアナフィラキシーになったと。どんな症状が出たのですかと聞いたら,口唇が腫れて息が苦しくなったと。それは完全なアナフィラキシーですが,禁忌だから打てないということを本人が理解していない。
あるいは,インフルエンザのワクチンを打ちに来た人が「アナフィラキシーショック」と書いていた。インフルエンザのワクチンでアナフィラキシーに2度もなったことがあると。なぜあなたはアナフィラキシーショックとわかっているのにまた打ちに来たのですかと聞いたら,職場で打ってこいと言われたと。そういうのは,ワクチンを打つことよりもデメリットのほうが上回るから,この人は接種不適当者であるという証明書を書いて,打たずに帰すということになります。
我々がワクチンを打つときには,問診をきちんとやった上で,打てる人かどうか,あるいは,熱が37度5分以上あったら打ってはいけないということになっていますから,37度5分以上ではないかどうかを確認する。そして,気をつけなければいけないのは,妊娠している女性です。要は,問診票の「ない」に丸がついていても,ちゃんと最終月経を確認する。久留米大学に移って12年ほど外来をやっていますけど,実は今までに3回,打つのをやめた後に妊娠がわかったということがありました。いつも生理不順で今回もおくれているということだけど,最終月経から考えたら妊娠は否定できないので打つのをやめたら,実は妊娠していた。うち1人は子宮外妊娠でしたので,打っていたら大変なことになっていたのではないかと思います。
北園
その場合に最も問題になることはどんなことですか。
渡邊
ワクチンのためにそうなったのではないかと言われても,因果関係を証明することが非常に難しい。
北園
妊娠中はどの時期でもだめですか。
渡邊
生ワクチンはだめですが,原則として不活化ワクチンはOK です。ただ,やっぱり妊娠にはいろんな段階があって,妊娠初期の非常に流産が多い不安定な時期に接種するかどうかというのは,よくインフォームド・コンセントをとってやらないといけないということになろうかと思います。
北園
問診票を見るポイントは何ですか。
渡邊
これはあるかないかで,「ある」に丸がついている場合は,そこをちゃんと見ていかないといけない。僕らがよく見るのは,熱と,こっちの「ある」に丸がついていないか。「ある」についていたら,基礎疾患があるのではないかと考える。
北園
基礎疾患がある場合,免疫を抑えるような治療をしているかどうかということがポイントですね。
渡邊
とにかく生ワクチンの場合は妊娠のところをちゃんとチェックして,「ない」に丸をつけてあっても,最終月経を必ず確認する。最終月経は,月経が終わってどこで線を引くかというのが難しいのですが,自分は一応1週間にしています。1週間以上過ぎていたときには,「本当に妊娠は大丈夫ですか」と確認して,「絶対に問題ありません」とはっきり言われる人には打ちますし,「多分」と言ったら,「やめておいたほうがいいですよ」と。月経中か,終わって1週間以内だったら,こちらも安心して打てますけど,そこから先は本人しかわからない。ただ,月経中か1週間以内としてしまうと,かなりの人がそれ以外のところに入ってしまいますので,要は自信を持って大丈夫と言い切れるかどうか,そこで判断するようにしています。
ワクチンの同時接種
北園
わかりました。ありがとうございます。
さて,海外では多くの種類のワクチンを一緒に打つと聞いたことがあります。多種類のワクチンを同時に打つということは問題ありませんか。
渡邊
小児科学会が同時接種を通常の診療行為として認めてまだ10年たっていないかもしれませんけど,もう大分前から小児の世界でも同時接種はごく当たり前にされています。特に我々のような海外渡航者を扱うトラベルクリニックでは,同時接種をしないと効率が悪い。生ワクチンを1回打ったら4週間ほかのワクチンを打てませんし,不活化ワクチンでも1週間あけないといけない。海外に長期間行かれる人は大体5,6種類打ちますので,1週間ずつ打っていくとすごく時間がかかってしまう。ですから,海外に行かれる人には5本前後ぐらい同時接種するのは当たり前です。ちなみに我々の所での1回の最多の接種本数は9本です。ただし,同時に打ってもいいけど,まぜてはだめです。別々の場所に打つ。ガイドラインでは3センチぐらいあけて打つようにとされています。
北園
一挙に打ってもいいけれども,一旦間隔をあけたら次は1週間後ということですね。
渡邊
そうです。今は日本でも,同時接種をするという観点では海外と一緒です。ただ,違う点は,例えばアメリカでは生ワクチン同士は4週間あけないといけない。この理由は,病原体を入れて免疫が今まさに構築されているときに別の病原体を入れると,免疫がちゃんとできる過程を阻害する可能性があるからです。でも,不活化ワクチンはいつ打ってもいいというのがアメリカのルールです。
でも,日本では,生ワクチンを打ったら,その他のいかなるワクチンも4週間打ってはいけない。それから,不活化ワクチンの接種後には1週間あけないといけない。なぜ1週間かというと,副反応を見ている。ただ,同時接種を認めていますから,4本も5本も打った場合は,どれが原因で副反応になっているかがわからない。打ったところが腫れているのであれば,ある程度はわかるかもしれませんけど,全身的な副反応についてはどれが原因かがわからないので,やはり国際基準に合わせるべきではないかということで,日本でも随分前から小児科の先生を中心に活動しているのですが,いまだに認められていない。
北園
9ヵ所も打たれたら痛そうですね。
渡邊
その方は外資系の飛行機に乗るキャビンアテンダントでした。9ヵ所打つ人はあまりいませんけど,ワクチンが終わらないと乗れないので。
北園
さて,小児科領域のワクチンで最近何か変化はありますか。特に海外と比較していかがでしょうか。
渡邊
ワクチンギャップと言われていたのは,例えばジフテリア,破傷風,百日咳の3種混合ワクチンです。今はポリオが入って4種混合になっていますけど。3種混合は,日本のほうがアメリカよりも早く導入して,以前はワクチン先進国でした。ところが,いつの間にかどんどん抜かれていきまして,6歳までの小児の髄膜炎の原因で一番多いHib ── インフルエンザ菌b 型のワクチンの導入はアメリカより20年おくれて,2013年度から実際に定期接種化されたら,激減してほとんどなくなるぐらいになった。また,小児の肺炎球菌ワクチンも10年おくれました。
でも,ここ10年ぐらいの間に子供の定期接種が物すごく増えまして,Hib ワクチン,小児用肺炎球菌ワクチン,水痘ワクチン,B 型肝炎ワクチン。それと,今ちょっとストップしてしまっていますけど,子宮頸癌ワクチン。それから,成人の肺炎球菌ワクチンも定期になりました。ワクチンギャップというのは随分改善されてきています。でも,やっぱりまだ少ないですね。うちは小児科医もいるので子供たちが外来に来る。僕も子供たちにワクチンを打つのですが,10年ちょっと前は1回打ったら泣きやんでいましたけど,今の子供は1回打っても泣きやまないですね,2本目3本目があると知っているから。本数が非常に多くなったので,やっぱり混合ワクチンを増やしていかないといけないということですね。今,4種混合というのは,ジフテリア,百日咳,破傷風,ポリオですけど,海外ではこれにインフルエンザ菌b 型とB 型肝炎を加えた6種混合ワクチンが導入されている所もあります。
北園
混合できるワクチンの種類が増えるのはありがたいですね。
渡邊
そうです。麻疹,風疹は混合ワクチンがありますけど,麻疹,風疹,おたふく風邪,水痘── MMRV。そうやって1つにたくさん入っているようなワクチンをどんどん作って,子供の負担を減らしていくようにしていかないといけない。また,そういう方向になると思います。6種混合ワクチンは既に開発中ですし,以前,麻疹,風疹,おたふく風邪にはMMR というのがありました。無菌性髄膜炎の副反応が問題になったので今は全部別々ですけど,MMRも開発中です。うちは輸入ワクチンをやっているので,このMMR を打っています。
外来におけるワクチン接種の留意点
北園
一般の外来でインフルエンザワクチンを接種する時などの留意点を教えていただけませんか。たとえば,体温が37度5分以上だったら打てないんですね。
渡邊
37度4分以下だったら打てる。実際には,外来にかなり慌てて走ってきて汗をかいて,別に喉も痛くないし鼻水も出ていなくて,体は何ともないのに熱が37度5分以上という方がいる。ちょっと休んでもらって,もう一回測るとすっと下がるということがよくあるので,測り直すことは時々あります。もちろん,37度5分以上の熱があって顔を真っ赤にして,だるくて喉が痛くてというときは,何回も測らずにやめますけど,ほかの症状がなくて,37度5分ちょっと超えているという場合は測り直して,下がれば打ちます。
北園
熱はないけど,風邪の症状がある場合はいかがでしょうか。
渡邊
熱がないけど症状があるというときには,原則として打つことは構わない。しかし,実際,喉を診て,扁桃腺が腫れていて,うみがいっぱいついている場合,要するに,今は熱がないけどこれから出てきそうな感じであるとか,あるいはもう悪寒とか体の節々が痛いとか,まさに今ないだけで,これから出てきそうだというときはやめる。ワクチンは健康な人に打つわけで,ぐあいの悪い時に無理しなくてもいいのではないかと思います。
北園
あえてそこで打たなくてもいいわけですよね。
渡邊
ええ。それが4日も5日も続いていて,別に悪くなっていないというのだったら打ってもいいと思います。症状がだんだん悪化しているときは,無理しなくてもいいのではないかと思っています。
北園
インフルエンザと肺炎球菌のワクチンは同時接種可能ですか。
渡邊
基本的には同時接種でやるのが一番手っ取り早い。ただし,肺炎球菌の場合は65歳過ぎたら5年置き,つまり65,70,75,80歳で,インフルエンザは65歳過ぎた全員が定期接種を打てる。それぞれに書類があって,その地区に住んでいるか,そうでないかによって,打てる,打てないというのがありますし,手続上いろいろと面倒なことがある。恐らく,通知が来た方はそこで打てるということでしょうから,その書類に書いて返さないといけない。定期接種で打つ場合,値段も安くなっていますが,その後の手続が厳しくなってくる。いろいろと面倒なことがあるときは,その方が,1週間置いてもう1回来ることで何も問題ないというのだったら,分けますね。
北園
もし分ける場合は1週間あければいいのですね。
渡邊
1週間あければ大丈夫です。1週間というか,正確に言うと6日ですね。つまり,次の週の同じ曜日。
北園
打った部位は変えるわけですね。
渡邊
右と左。
子宮頸癌予防のためのワクチンの有効性
北園
わかりました。ありがとうございます。
子宮頸癌のワクチンについて教えていただけますか。
渡邊
これはなかなかデリケートな問題を含むので,個人的な見解としてお話しします。
まず,国際的なところと日本との比較で言いますと,子宮頸癌ワクチンという言い方は正しくなくて,ヒトパピローマウイルスのワクチンです。実は私,ドイツの耳鼻科医の友人がいて仲良くしています。ドイツでは,たしかオーストラリアもそうだったと記憶していますけど,男の子にも打っている。恐らくオーラルセックスとか,そういうことの絡みになるのでしょうけど,耳鼻科領域の癌もヒトパピローマウイルスが絡んでいることが多いことがわかってきています。だから,国際的には,女の子だけではなくて,男の子にも打っている国が結構あるということですね。
そして,日本では今,全身の原因不明の筋肉の痛みが続くということで問題になって,ヒトパピローマウイルスワクチンの接種がほぼ止まっている。そういう国は日本以外にはあまりない。日本でもかなり調べられていて,ワクチンを打った人と打たない人でああいう症状が発生する頻度に統計学的有意差がないというところまで出ています。それと最近,海外では子宮頸癌が減少傾向にあるというような論文が出ているので,このままワクチンの接種が止まっていると,日本以外の先進国の子宮頸癌の発生率がどんどん減って,日本だけが取り残されていくことになりかねないという懸念を持っている。あのとき問題になったのは,サーバリックスの2価ワクチンとガーダシルの4価ワクチンでしたが,その後もっと血清型の多く含むものが出てきたので,将来的には,新しく改良されたものでやっていくという形になるのかもしれません。
性行為で体内にヒトパピローマウイルスが感染して癌化する,これを見つけた方はノーベル賞を受賞しました。このワクチンを打つことによって前癌状態が減るということは科学的にわかっていますが,本当に癌が減るかどうかというのは,やはり導入して何十年かたたないとはっきりしない。ですから,効果があるかと聞かれたら,まだ十分にデータがあるわけではないと。でも,そんなに遠くないうちに結果が出てくるでしょう。
北園
インフルエンザ治療薬のタミフルは異常行動で問題になりましたね。
渡邊
最初はタミフルを使ったら異常行動で飛びおりとマスコミが騒いで,今度はリレンザという吸入剤でも飛びおりと。そうしたら,何にも使っていないのに飛びおりということで,結局,インフルエンザで熱が出たときに,抗インフルエンザ剤を使おうが使うまいが異常行動は出る。統計学的に有意差がないことはわかったけど,タミフルの10代への使用禁止が解除されたのはつい最近です。おもしろいことに,マスコミはあのときあれだけ騒いだのに,タミフルの10代への使用禁止解除についてほとんど取り上げていません。あのときも被害者の会が多分あったと思いますけど,科学的に有意差がないという結論が出て十数年たって,やっと10代への使用禁止が解除された。恐らく子宮頸癌ワクチンもそれに近いような経過を今たどっているのではないかと思います。
成人におけるワクチン接種の課題
北園
最後に,ワクチンを使われる開業医の先生方に知っておいてほしいことで,重要なポイントが残っていたら教えていただきたいと思います。
渡邊
ワクチンは子供のためだけにあるものではない,成人のためにもあるということです。成人だからといってワクチンに対し消極的にならないでいただきたい。これは自分が感染症の専門でやっていてつくづく思うことです。今,風疹がはやって去年の10倍以上になっていますけど,うちの病院では,以前40歳前後の看護師と医師の2人がおたふく風邪を発症した。かつて僕は,こんな年齢でおたふく風邪を発症することはないと思っていたけど,抗体検査をしてみると,40代になろうが50代になろうが,麻疹や風疹や水痘の抗体を持たない人は5~10%の割合でいる。免疫がなく簡単にうつってしまうし,大人になってかかると,免疫がしっかりでき上がっているがために過剰な免疫反応が起こって,重症化する。大人には免疫があるからワクチンは不要ということではなくて,実は大人がかかると子供より重症化する病気がいっぱいあるわけですから,ワクチンは,子供だけではなくて大人も打たなくてはいけないものだということです。
北園
抗体を測定するということも考えないといけないですね。
渡邊
日本環境感染学会が2009年に「院内感染対策としてのワクチンガイドライン」を出して9年たちますから,今多くの医療従事者は抗体検査をやっていると思います。2年前に関空職員の間で三十何名も発症したので,恐らく国際空港で働く人たちも今後は抗体検査を行うようになるでしょう。あるいは10年ほど前に全国の大学で麻疹がはやったので,医学系の学校だけではなくて,文系でも施設での実習や教育実習に行く学生にも抗体検査が求められることが多くなりました。もちろん職種によって必要とする抗体検査は違いまして,針を使う人たちは血液曝露があるのでB 型肝炎まで,針を使わない人たちは空気感染する麻疹や水痘ということになってくるでしょうけど,以前よりも抗体検査を求められることが多くなってきたと思います。ただ,検診目的の抗体検査には保険がききませんので,調べてワクチンを打つとなると結構な値段になります。
例えば,ある大学病院でうちの職員が研修をするとなると,たった1日の研修でも,麻疹,風疹,水痘,B 型肝炎の抗体検査の結果を提出しないと受け入れてもらえない。それはある意味正しいと思いますし,医療従事者にとってはここ5年10年で当たり前のことになってきましたけど,これから職種がだんだん広がってくるのではないかと思います。集団生活している人たちというのは簡単にうつってしまいますので,空港職員,消防士や救急隊員,警察官,学校の先生も多分そうなると思います。
この前,紹介されてうちに入院した病院職員の方は,病院の草刈りをして,その後に手が腫れて,その4,5日後から熱がバーッと出て,原因がわからない,抗生物質を使っても治らないといって来ました。草刈りをして手が腫れた後に熱が出たということは,リケッチアによるツツガムシ病か日本紅斑熱ではないかと思いましたが,発疹もあるし,咳をすごくしているし,痰も出ている。痰が出ている場合,グラム染色を用いて顕微鏡で病原体を見るのですが,抗生物質を使っていないから通常は病原体が見えるはずなのに見えないということで,個室に入れてマスクをつけて接触感染対策をしながら診ていたら,実はマイコプラズマ肺炎だった。子供と接触しましたかと聞いたら,そういえば,草刈りをした後に手が腫れたので,土曜か日曜に当番の救急病院に行ったら,子供がいっぱいいて待合室で咳をしていた。子供と接触したのはそこだけで,それから4,5日たって熱と咳が出たということで,病院の待合室でマイコプラズマに感染した子供からうつった可能性が高いと考えられました。だから,病院に来るというのはきちんと感染対策をしないと感染のリスクがあるということになるのです。
北園
本日は,いろいろと貴重なお話をいただきまして,どうもありがとうございました。
これからの診療に役立てていこうと思います。
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