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九州大学久保総長が聞く‼(第6回)
対談
語る人
九州大学農学研究院長
福田 晋
聞く人
九州大学総長
「臨牀と研究」編集委員会
久保 千春
久保
総長が聞く!!というこの対談は,九州大学で素晴らしい研究をされている先生に私から話を聞くという企画であります。 今回は第6回目になります。
本日は,九州大学で医学部,工学部に次いで3番目に設置された農学部のことについて,農学研究院長の福田晋先生をお迎えして,農学研究院の研究,産学官連携の現状や今後の展望についてお聞きしたいと思います。
まず最初に,福田先生の自己紹介をお願いできればと思います。
福田
私,九州大学大学院農学研究科農政経済学の専攻で,昭和60年3月に博士課程の単位を修得しております。そして,日本学術振興会に特別研究員制度ができて,その第1号だったのですが,都合3年間そこでお世話になりました。その後,宮崎大学に奉職して,平成13年に九州大学農学研究院に助教授で戻ってきて,教授になって現在に至るということでございます。
久保
先生の専門分野に関しては,主にどのようなことをされているのでしょうか。
福田
私の研究室は,広い意味で農業経済学という大きな分野があるのですが,その中の食料流通学という分野を担っています。
農学研究院の概要
久保
次に,農学研究院の概要についてお聞かせいただければと思います。
福田
私どもの農学研究院は,1919年に九州帝国大学の農学部として設立されております。これは全国で3番目でございます。
久保
九大でも3番目ということですね。
福田
そうです。全国では,東京大学と北海道大学に次いで3番目で,2019年が創立100周年を迎える記念すべき年になります。つまり,2018年が移転の年でありまして,その次の年に100周年を迎えるということです。
久保
2019年が100周年ということですね。
福田
そういう記念すべきイベントが続く時期に来ております。
今は学府・研究院制度になりましたけれども,農学部ができた当時は9学科ございました。一番のベースには農学科,林学科,最初この2つでできたと聞いております。現在は所属する研究院に4つの部門があります。そして,大学院が所属する生物資源環境科学府に,修士課程では4つの専攻,博士課程では5つの専攻です。
久保
九州大学では学府・研究院制度をとっていまして,その学府は大学院教育ですね。その4つの専攻はどのようなものですか。
福田
資源生物科学,環境農学,農業資源経済学,生命機能科学,こういう専攻がございます。名前を見てもわかりますように,生物という名前もありますし,生命機能科学あるいは経済という名前も出てきて,非常に幅広いのが農学研究院の特徴だと思います。
久保
博士課程の5専攻はどのようなものでしょうか。
福田
これは,修士課程4専攻の博士課程のところにもう一つ,生物産業創成学という専攻が加わっております。それで5専攻ということになっております。
久保
生物産業創成学はどのようなものでしょうか。
福田
はい。これは,農学でやってきたことを産業ベースにすぐつなげるような専攻を作ろうということで,新しく設けられたものです。
今現在,学部は,1学部1学科のもとに,4つのコースと11の分野になっております。スタッフ数でいきますと,教員が約180名の大所帯,学部の学生が1年生から4年生で約1,000名です。それで,大学院生が修士・博士で約600名という組織になっております。このほかに,これがまた私どもの特徴でありますが,附属農場が粕屋の原町に1つございます。
久保
農場は他にも幾つかありますね。
福田
大分県の竹田市に高原農業実験実習場がありまして,これは畜産関係で牧場を持っています。先生とご一緒させていただきましたね。
久保
久住山のところにあって,九州大学でも,いかにして牛を飼育していくか,そして,いい肉をとれるようにしていくかという,畜産の素晴らしい研究をされていますね。
福田
その農場と,これは林学のほうですが,附属演習林があります。これは福岡にもあるのですが,最も大きいものは北海道の足寄町にありまして,もう一つ宮崎にもございます。
久保
椎葉村のところですね。
福田
先生はいずれも行かれていますよね。
久保
私も行ってきました。地域の方々と非常に密着して,いろんなことをやっておられる。大へん広い面積ですね。
福田
そうですね,九大の敷地全体の94%は演習林が占めており,演習林までの広さでは北海道大学が一番持っているのですが,次が東大,そして私どもであります。
久保
九州大学が北大,東大に次いで3番目に広い敷地を持っているということですね。
北海道の足寄町の演習林に行ったときは,どういう植林をしたらいいかについて,100年計画でやっておられるのでびっくりしました。
福田
林業の時間のタームが農業とまた違うというところもわかります。
産学官連携
久保
農学部は長い歴史と伝統を持っておりますし,今は新しいことにもいろいろと取り組んでおられます。新しいものとして,産学連携があると思いますが,これについてお話ししていただけますか。
福田
私ども,先ほど4つの研究部門があると言いましたけれども,研究の柱として4本柱ということを常に言ってまいりました。これは今でも柱にしておりますが,1つが,生物機能の解明とか利用を行うような新農学生命科学という領域でございます。もう一つは,環境調和型・物質循環型の持続的な生物生産・農村空間システムを構築する環境科学領域。それから,アジアモンスーン地域における生物資源,生物利用とか環境保全,農村開発を行うような国際アグリフードシステム領域。それから,食にかかわる食科学。これを4つの柱にしながら,相互に融合するような研究をずっと続けてきたというのが私どもの農学部の特徴でもあるわけです。そうしますと,必ずしも農業とか食料だけではなくて,広い分野の領域の企業,自治体,研究機関といったところと共同研究したり,受託研究したりということが非常に多くなってきております。
例えば,受託研究,共同研究の数でいきますと,平成16年の1年間に350件ぐらいあったのですが,これが平成25年には447件まで増えている。毎年毎年確実に増えてきて,いわゆる外部機関との学際研究も含めた共同研究,連携が非常に進んでいるという特徴があります。
そういったことの結果でもありますが,現在,私どもの農学研究院には,企業との寄附講座が2つございます。1つが,機能水・機能性食品・エネルギー寄附講座でございます。もう一つが,機能性多糖分析学寄附講座と申しまして,いずれも食品あるいは水の機能性に着目した研究,それをまた企業が生かすという,こういった連携講座ができているということが非常に大きな特徴かと思います。
久保
先生は農業経済学と食料流通学をご専門にされて,産官との連携を進めておられますが,行政との関係ではどのようなことをやっておられますか。
福田
まず,研究面でいきますと,現状の農業なり食料の問題について私どもが貢献できる分野。今私は,後でも出てきますが,食品農産物の輸出にかかわる研究をマーケティングの立場からやっています。これは,日本の農業政策,食料政策,まさに国策として今一番大事な問題ですが,そこにかかわったプロジェクトを農林水産省とやっております。当然,各県とか市町村レベルでも輸出を盛り上げていこうとしていますので,福岡県とか,県内では久留米市や八女市と連携協定を作りまして,その施策の支援をする,私がブレーンになって施策作りのお手伝いをする,こういった行政に近いこともやっています。
久保
九州の農業,林業,漁業といった1次産業は海外からも非常に高く評価されているし,日本の食の安全や品質の良さというのは非常にいいということで,九州経済連合会でも,特に今,成長が著しい東南アジア,香港などを中心にどんどん輸出されているというのがありますね。
福田
そうですね。まさに日本では2020年に輸出を1兆円にしようという目標があって,これに向かって今,国を挙げてやっているのですが,九州にはその中心となる組織がない。そこで,先生がおっしゃったような九経連のような財界の組織もバックアップする,それから,農業関係の団体もバックアップする,そして,私ども学術研究からも科学的な知見でバックアップするということで,オール九州で輸出を拡大させようということを進めています。
久保
先日,香港に行ったときに,ジョナサン・チョイさんという方がおられて,その方は,香港中華総商会の会長もされていたのですが,その方が,1年間ぐらい日本に留学して帰られて,向こうの経済界のほうで成功されて,今,事業を起こしています。レストランも作っておられて,それは日本式のレストランのようなところでしたけれども,このイチゴは福岡のあまおう,この肉は宮崎の肉,このマグロは東北のマグロということで,それを朝注文したら,空輸して夕方には香港で食べられるようなシステムで,向こうのほうが,より日本的な立派なものを出しておられる。特に香港には中国国内から VIP がたくさん来られますので,これは非常に人気があるんだ,高いけど採算もきちんと合うということを言っておられました。美味しかったですよ。
福田
そのとおりですね。特に,九州もそうですが,海外から日本に多くの観光客やビジネス客が見えるわけで,そこで日本の食べ物を食べる,和食を食べる,その方々がまた帰って日本からの輸出農産物を食べる消費者になってくれるという傾向があります。
農畜産物のマーケティングと地域ブランド戦略
久保
先生の専門の農業経済学あるいは食料流通学に関することで,農畜産物のマーケティング戦略と地域ブランド戦略があるかと思いますが,それについてご紹介していただければと思います。
福田
まず,農産物とか食品というのは,マーケティングとかブランド化が非常に難しいと言われてきた。そもそも食べるものですから,皆さんに安い価格で食べやすく売るという条件が大前提にあって,大量に物を作るという性格があった。さらに,日本には卸売市場というものがあって,そこに持っていくと,とにかく値段をつけて売ってくれる。ですから,農家側とか産地側に,いかにして高く売るかといったマーケティングの発想というのは長い間なかった。
もう一つは,工業製品あたりだと,テレビ,車といった全く同じもの,規格品ができますが,どうしても自然相手の農産物は全く同じものができるとは限らない。ですから,農産物の世界では,同じものを大量にいつでも供給できますよというのがなかなか難しかった。しかし,そういったことが徐々に克服されて,今はかなり大きな産地ができて,その中で比較的均質なものが大量にできます。例えば‶あまおう”という品種は福岡県下で安定的にたくさんできるようになりました。そうすると,売り込むチャンスができるわけです。今,多くの産地がそこで競い合っていて,マーケティングという言葉が農業あるいは農産物の世界にも出てきたのは,恐らくここ10年とか20年だと思います。私たちがずっと理論ベースで「農業・農産物におけるマーケティングの世界が大事ですよ」と言ってきたのが,ようやく今現実のものになってきたということです。
久保
野菜工場とかいって,天候に左右されない工場で作るというのは随分普及してきているのでしょうか。
福田
野菜工場はようやくビジネスベースになってきたわけですが,実はコストが相当高い。そうすると,いわゆる青果物,普通の野菜みたいなものではとてもペイしない。それで,野菜工場で何をやるかというと,今,各企業が注目しているのは,薬草とか,あのような類いです。
久保
なるほど,漢方薬の生薬の栽培ですね。
福田
価格負担力の高いもの。恐らく今から先そういったものが出てくると思います。そこら辺になると,最初からどういう製品を消費者に向けたらいいかということで,私ども,マーケティングには4つの戦略があると言います。まず製品戦略ということ。それをどういう流通のチャネルで売っていくかという流通チャネル戦略。それから,どのくらいの価格帯で売るかという価格戦略。それを皆さんに届けるようにどういうふうに販売を促進していくかという販売のプロモーション戦略。この4つの戦略をマーケティングの基本と言うのですが,こういったことがようやく農産物の世界でとられるようになってきたということです。
例えば,福岡の“あまおう”は,美味しくて甘くて大きなイチゴができたということで,完全にブランド化しているわけです。そういったものの流通チャネルをどういうふうに仕組んでいくかということで,私たちの研究成果を実際の場で応用しているわけです。
久保
こういうマーケティング戦略というのは,農業には今まではほとんどなかったような感じですね。
福田
実は米は,戦後から1995年ぐらいまでずっと続いた食糧管理法で,つい最近まで,米の流通に関しては国が管理をしますよという世界でしたので,自分の意思で自由に売ることができない時代が相当長かった。ですから,ようやくそういうことが応用できる時代になった,ビジネスでも生かせる時代になったということだろうと思います。
久保
そういう面では,農業の競争でもあるわけですね。そして,やっている人たちの意識改革も必要ですね。
福田
必要になってきます。
久保
そういう面では,農協というのは随分変わってきたのでしょうか。
福田
変わってきましたし,変わってこざるを得なくなったと思います。今までは,まさに農業の世界というのは,作った野菜,果物や畜産物をとにかく卸売市場という取引をする場に持っていけば何とか売ってくれる。しかし,そこでは自分たちで値段はつけられませんよという世界だった。私たちは,できたものをただ売ることをプロダクトアウトと言うのですが,今はまさにマーケットインの時代で,消費者が何を欲しているか,食品の企業,外食の企業が何を求めているか,そのニーズを捉えた上で,産地側,生産者側が,こういう米を作ろう,こういうイチゴを作ろう,こういう牛肉を作ろうということになってきている。典型的には,米なんかも,従来は足りなかったから,とにかく量をとろう,単位当たりの収量を増やそうというのが一番の大目標だった。ここ30年来は品質,いかに美味しい米を作るか,量はとらなくてもいいよという世界になってきた。今,日本人は米を食べる量が減ってきているのですが,とにかく美味しい米を少し食べたいということで,明らかに消費者のニーズが変わってきたので,その品種改良がずっと進んできました。
もう一つ何が起こってきているかというと,地球全体,日本も含めた温暖化が進んできて,気候変動の影響が非常に大きいので,温暖化に対応できる対暑性の強い品種改良を進めていこうというのが今の課題です。例えば,各県の農業試験場あたりで米の品種改良をやっていますけど,福岡県では,‶夢つくし"というブランド米にかわる品種ということで“元気つくし”を作った。これも,対暑性の強くて美味しいもの,次々にそのニーズに合った品種改良をするということで,我々がマーケティング研究でやっていることを,実際の現場で応用できる時代になったということです。
久保
九州大学は,そういう品種改良あるいはマーケティング戦略とかブランド戦略にどういうふうにかかわっているのでしょうか。
福田
例えば米の世界でいいますと,直接的に品種改良をして新しい米を作るというのは,国や各県の試験場が競い合ってやっていますが,実は九州大学農学部はその基礎となる世界のいろんな品種,リソースを持っています。皆さんそれをかけ合わせていろんな品種を作るのですが,そのデータベースを全部持っている。これは世界でもトップだと思いますが,こういうことをやって,そのゲノム解析をやっているわけです。その解析の結果から,この品種はこういう特徴があるということがわかっていて,それを多くの皆さんが利用するという,その品種改良の源の仕事を担っているのが,九州大学だということになっています。
久保
そういう面で,九州大学は,アジアを中心にした留学生も非常に多いですね。ベトナム国家農業大学からも来ていますし,私が先日ベトナムに行ったときは,九州大学の学生が向こうに留学していました。
福田
ベトナムの稲作の開発・改良には,育種で日本の品種をかけ合わせて,向こうに合うような改良がなされている。これでも非常に貢献していますし,農業土木といった面でも,向こうの水田のかんがい施設に対してのアドバイス,研究の蓄積を広めたりしている。九大農学部からは,ベトナムが一番その成果の恩恵を受けていますが,現在は,ミャンマーに対してやっています。アジアに対する食での貢献。今から私どもも加わって,それをどう売っていくか,新しいマーケットの開発にかかわっていこうというのが,次の段階になってきていると思います。
九大発の商品開発
久保
農学研究院では,ブランドというか,新しい商品を開発していますが,それについてご紹介いただけますか。
福田
今,九大の商品化というのはいろいろとやられているわけですけれども,一番最初に,久住の高原農業実験実習場で開発したのが“Q ビーフ”です。
久保
“Q”というのは九州大学の「キュウ」ですね。
福田
“K”ではなくて,意図的に“Q”を入れています。この“Q”というのを我々九大のブランドにしていきたい,もっとこれを広めていきたいと思っています。
この“Q ビーフ”というのは非常に大事な役割を負っていまして,日本の和牛というのは世界でもトップの品種ですが,20ヵ月ぐらいの肥育期間の中で九州大学総長久保千春先生124――( 124 ) -臨牀と研究・95巻1号-穀物を中心に仕上げます。実はその穀物のほとんどの原料はトウモロコシでありまして,ほぼ99%アメリカ産です。日本の農地を使わずに,アメリカの農地の穀物を食べて育っている。飼料給与を工夫することでサシが入るのですが,それではコストも非常に高くなる。そして,そのトウモロコシの価格が変動すると牛肉の価格にも大きく影響するので,じゃ,日本の草資源をもっとたくさん使いましょうよということで,逆転の発想をしました。
通常は,小さい子牛の段階で牧草を中心に与えて,最後に穀物を与えて仕上げるのですが,逆に,10ヵ月ぐらいまで穀物を与えておいて肥りやすい体質を作る。これは代謝インプリンティングという,この開発をやられた後藤先生の発想ですが,肥りやすい体質を作っておいて,仕上げのときに放牧して牧草を食べさせて健康な牛にする。そうすると,今のようなサシは入りませんが,もともと黒毛和牛というのはサシがある程度入りやすい品種ですので,コストも抑えられて,美味しくて,健康的,そして日本の草資源基盤を使うという非常に革新的な飼い方。そこでできた牛肉を“Qビーフ”と称して今売っているところです。
久保
脂身は少なくて,味がいいと思います。今それを福岡市とも連携して脊振の牧場でも作っていこうとされていますね。
福田
はい。今,九大 TLOが主体になっています。そして,大きな生産者がなかなかいなかったのですが,鹿児島の非常に大きな農業生産法人と連携して,もっともっと“Q ビーフ”を拡大しようということで進めております。これが一つの大きな商品開発です。
それからもう一つが,佐賀県の唐津市は,海産物で何か地域振興,地域おこしをしたいということで,九大とのジョイントで研究センターを作りまして,そこでマサバの完全養殖に成功しました。これは現実に,漁協が中心となりまして,唐津の生産者のもとでビジネスとして,唐津の料理店とかホテル,福岡市内でも2ヵ所ほどで食べられるようになっています。
久保
東京ではサバを生で食べる習慣はなくて,アニサキスという寄生虫による問題があったのですが,こういう養殖であればアニサキスがいないということで,神田にある日本学士会館でも食べられるようになったということです。
福田
これも唐津市との共同研究ですけれども,唐津市側としても,九大が一緒にやってくれたということで“唐津 Q サバ”,“Q”のブランドで売り出しております。非常に好評な商品になっております。
それから3つ目がブドウ,“BK シードレス”というものでございまして,“BK”というのは,マスカットベリー A と巨峰をかけ合わせて,そもそもシードレス,種なしのものを作ろうというのが一番の狙いだった。もう一つは,ずっと育種をして選抜する中で,作業性の良いものを作りたかった。実は,果樹栽培というのは非常に手がかかるので,自然に摘果できるような選抜をしていって,摘粒という,粒を大きくするために取っていく作業があるのですが,そんなことをしなくても自然に落ちてくれるものを作り出した。つまり省力栽培を目指したのですが,これは農家にとって朗報です。
写真 BK シードレス
久保
この“BK シードレス”というのは粒も非常に大きいですよね。
福田
はい,そうです。なおかつ,これは巨峰とかけ合わせていますが,巨峰というのは,甘さもあるし適度に酸味もある。この“BK シードレス”は,酸味を抑えて甘さを徹底的に追求した。恐らく甘さでは日本の中でもトップだと思います。糖度でいうと20度から24度ぐらいあります。
久保
今は生産量はまだ少量ですか。
福田
そうですね。高級なデパートで売られているということですけど,うきは市と農学部が協定して,うきは市の生産者ではかなりたくさん作られていますので,もうすぐこれが広がってくると思います。久留米市とか朝倉市あたりでも少しずつ増えています。福岡県には果樹地帯もありますから,ここを一つの大きな産地にしていって,実は,“BK シードレス”も“Q”の名前を使っていきたいというのが私の密かなマーケティング戦略であり,ブランド化戦略であります。‶Q”をぜひ入れたいですね。この“Q”というマークが入ったものは九大が開発したものだということを消費者がすぐ連想する,実はこれがブランド化です。こういう文字が入ると,「あっ,これはここの生まれだ」と想起させること,連想させること,これが大事です。
久保
ぜひこの“BK シードレス”に“Q”を入れてほしいですね。
福田
そうすると,Q シリーズが3つできますので,多くの皆さんが“Q”を見て,「これは九大だよ」とすぐ思う,これがブランド化戦略です。
医学との関わり
久保
この『臨牀と研究』は医学の人たちが読者です。農学研究院の4つの大きな柱に,生命機能とか,医学に関係することで現在されていることについて,少しお話ししていただければと思います。
福田
そういう意味では,農産物のブランド化を言うときに,農産物の場合には,工業製品のように他の製品と差別化をすることが非常に難しいわけです。今,農産物あるいは食品の中で注目されているのは,その中の機能性とか独自の栄養成分。この農産物の実ではなくて葉のところに特定の機能性が相当あるとか,ここにはビタミンがあって栄養たっぷりだよとか,それを抽出して加工食品を作っています。
これも政府が推していますが,1次産品で売るだけではなくて,産地で加工食品を作る。これを私どもは「6次産業」と呼んでいます。1次産業,食品工業の2次産業,そして自分たちでマーケティングをして売っていくのは3次産業ですが,1×2×3で6次産業という言い方をして,農村でそういう付加価値をつけて売っていこうと。その際に機能性とか栄養性あたりを強調する。そのところで,食糧化学の先生たちは非常に忙しい状況だと思います。まさにそこの機能性を抽出した加工品の開発もやっていますし,機能性があるということを証明した上で,企業を支援してやるということです。そういった形の栄養食品とか栄養補助食品は人気がありますので,そこへの貢献度は非常に高くなってきていると思います。
久保
日本も高齢社会を迎えておりますけれども,今からますますそういう機能性食品などのニーズは出てきますし,付加価値をつけた機能性食品の開発というのは非常に重要であると思います。医学,病気と関係するような,例えばアレルギーとか,血圧とか,そういうものに対しての機能性食品はいろいろとありますね。
福田
そうですね。食料化学工学の立花教授あたりがずっとお茶の研究をやっていて,いわゆるカテキンの効果に関する研究を非常に長く続けておりますが,私どもの分野の中でも一つの大きな研究の柱になっていると思います。
久保
私は沖縄の食品開発のところで審査委員をしていましたけど,そのとき,糖尿病の治療などで,血糖値の上昇を緩やかにするために難消化性の米でケーキを作るとか,そういうものにも九大の先生が関連しておられて,ああ,こういうものをやっておられるのかというのがありました。
福田
食料化学工学の中の栄養の先生あたりがその辺の専門です。ですから,附属農場で1次産品を作るというのも私どもの大きな武器ですけれども,それに対して一層の付加価値をどうつけていくかというところの役割を食料化学工学が担っていますし,それを私どものところでどう売っていくか,マーケティング戦略をどう作っていくかということ,これが一緒にできるというのがまさに農学の強みになっているのではないかと思います。
久保
医学との共同研究などもされているわけですね。
福田
栄養の先生たちはまさにそうです。
今後の展望
久保
これまで研究あるいは産学連携のお話をお聞きしましたが,今後についてまた考えておられることがありましたら,お話ししていただければと思います。
福田
今,農業の振興あるいは農村の振興という意味から,ブランド化という中で,「地域ブランド」ということが一つ大きなテーマといいますか,私どもも課題にしてきたものがございます。つまり,この地域ならでは,あるいはこの風土・気候ならではの農産物がありますよということです。そういった地域独自のものを制度で保護して,ブランド化していきましょうということで,国でも2015年に地理的表示保護制度を作りました。それに登録されたものについては,国がきちんと保護をしていきますし,そういった地理的表示といったものを武器に,地域ブランド化をしていきましょうということが出てまいりました。
例えば福岡県でいいますと,八女の本玉露,これは地理的表示の商品に登録されました。それを表示したことを武器に独自のチャネルで売っていくという付加価値戦略をやっています。鹿児島の黒酢,これも壺造り黒酢といってその製造過程が非常に大事なわけですが,これも地理的表示の登録になっています。すなわち,地域と結びついた農産物をブランド化していくことによって,地域全体の経済が浮揚するという動きになっていますので,こういったことにも私どもが貢献できる領域が非常に増えてきていると思っています。
久保
これは工業製品の知財と同じようなものでしょうか。
福田
ある意味では知財の一つであります。実はこの地理的表示というのは,ヨーロッパではかなり早くから出ておりまして,EU,フランスのワインやチーズはほとんどの商品が地理的表示保護制度の認証をとっているわけです。ですから,この地域のこのワインが美味しいよという言い方をする。
久保
シャンパンは,フランスのシャンパーニュ地方のものにしか使ったらだめだと。
福田
はい。そういうものが日本でもどんどん出てくるだろうと思いますので,地域ブランドが今から大事にされる時代になるだろうと思います。
久保
本当に貴重な話をありがとうございました。ぜひ農学部には,地域ブランドと同じように,さらにいろいろな九大ブランドを作っていただいて,そして,九大からいろんなことを発信していただければと思います。
本日は,九州大学の大きな魅力を発信できる農学研究院のお話をお聞きして,大変楽しく,嬉しく思いました。どうもありがとうございました。
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