ホーム
>
対談 >
ここまでできる!かかりつけ医の認知症診療
対談
語る人
田北メモリーメンタルクリニック院長
田北 昌史
聞く人
特定医療法人原土井病院
みどりのクリニック院長
「臨牀と研究」編集委員
長尾 哲彦
長尾
本日は,田北メモリーメンタルクリニックの田北昌史先生にお越しいただいております。
田北先生は,「認知症」という言葉が生まれる以前,まだ「痴呆症」と言っていたころから,しかもそれが世間で認知される以前の非常に早い時期から認知症に取り組んでこられて,今では講演旅行で全国を行脚しておられる,まさに実地臨床家では認知症治療のトップランナーと言えます。本日は,我々プライマリ・ケアを診ている医師が,認知症とどう取り組んでいくかということをお話しいただきたいと思っております。
田北先生,よろしくお願いします。
田北
よろしくお願いします。
認知症との出会い
長尾
今もちょっとご紹介しましたように,先生は非常に早い時期から認知症に取り組んでおられますが,そのきっかけというか,認知症との出会いというのはどういうところでしょうか。
田北
私が精神科医になったときは,いわゆる精神病理というか,統合失調症とかを診察しようと思っていたけれども,九大の医局に入って2年目に,当時,末次先生という講師がおられて,国際神経病理学会でヨーロッパに行かないかと誘われました。そこで出会ったのが痴呆症。あと,精神病理が専門の精神科のメインストリーマーの先生というのは変人が多いといわれますが,その点,認知症をやっている先生は割と常識人。ある意味では内科とかの身体疾患に近いのかなと。それで私も,精神病理よりも認知症の先生の方が一緒にやっていて楽しいなということで,いつの間にかそっちにずるずると入ってしまったというのが実情です。
精神科の中では,当時,痴呆症をやっている人は変人と呼ばれていたようです。宮崎大学の三山教授が書いておられましたけど,「アルツハイマーの神経病理をやっているとは,先生は変わっていますねと言われた」と。精神科の中で変わっているということは,実は普通の人に近いのかなと。
長尾
先生らしい逸話ですね。
治療可能な認知症
長尾
では早速,認知症の話に移りたいと思います。我々実地医家がまず最初に気をつけておかないといけないのは,数は少ないですけど,治る認知症というのがございますね。これを見逃さないようにしないといけないと思うのですが,これについて先生からアドバイスはございますか。
田北
認知機能が落ちているということは必ずしも認知症ではない。特にアルツハイマーは,別の疾患の要素がなくて,認知機能が落ちていたらアルツハイマーだというふうな基準で大体診断していますけれども,物忘れをするということは必ずしも認知症ではない,その裏にはいろんなものが隠れている可能性があります。
1つは,急に進んだものですね。ここ2週間とか1ヵ月とか,そういう場合には,往々にして身体疾患がある。麻痺なんかがなくても,時々脳出血とか,硬膜下血腫とかが起きていたりします。それから,脳の外の病気で,肺炎とか,感染症とか,ひどい便秘とか,そのようなものが隠れていることがありますので,実はそこら辺の身体疾患というのは,精神科医よりも,むしろプライマリ・ケアの先生方の得意なところだろうと思います。ですから,何か急に起こった場合には,熱がなくても,肺炎がないかとか,まずは身体的な診察とか検査を十分にしていただく。それから,何かボーッとしているということであれば,脳の中の状態を診る。そういうときには,僕はなるべく早くMRIやCTを撮っています。
もう1つ気をつけていただきたいのは,薬物の影響です。これは,最近薬を変えていないし,何年も同じだから大丈夫だろうと思われるかもしれません。僕の経験では,100人の認知症として来院された新患を診たら,いわゆる軽度認知障害レベルの方は27人,4分の1ぐらいおられました。その中の約3分の2は,睡眠剤とか,そういう認知機能に影響を与える薬剤を飲んでいる。特にベンゾジアゼピン系が多くて12人いました。
物忘れをするけど日常生活はしっかりしているということで,うちに来られた方を拝見していると,例えば,ブロチゾラム―― レンドルミンを0.25mg飲んでいる。「実はこういうお薬でも物忘れを起こしますので,ぜひ減らしてください」と申し上げるのですが,「いや,先生,これは20年飲んでいますから大丈夫です」と,大体そういう理論ですね。そこで私は,「30歳のときにお酒を1升飲んでも平気だったけど,80歳になってお酒を1升飲んだらどうなりますか。恐らく酔っぱらうでしょう。飲んでいるほうが年をとってきているんですよ」と説明します。
実地医家の先生方はとにかく,患者さんが眠れないということになると,ベンゾジアゼピンは効きますし,売り出されたのは,たしか昭和40年代の初めか30年代の後半になると思いますけど,当時使われていたバルビタールみたいな薬と比べると,非常に依存性が少ないということを売りにしていた。ベンゾジアゼピンが発売されたときの話では,1つは,癖になりません,もう1つは,1,000錠飲んでも死にませんということで,大量に飲んでも死なないことを売りにしていたとききます。そのころのイメージでは,極めて安全な薬だと。確かにそうです。もちろん私もこの種の薬を使うことがあります。ただ,飲んでいて物忘れが起こったときには,やはり減量を考える。何もなくて,これでハッピーな老後が送れているということであれば,無理してやめなさいとは言いませんけれども,物忘れが起こって困るんだとか,そういうことが起こってきたときには,まずはこの種の薬の減量・中止をぜひ試みていただきたい。
長尾
今の先生の話でとても重要だと思ったのは,新たにベンゾジアゼピン系の睡眠薬を入れて起こったのだったらわかりやすいけれども,30歳のときの酒1升と80歳の酒1升は違うというように,いつの間にかベンゾジアゼピンで,認知機能がじわじわ落ちているケースがあるということですね。これは,急に起こってきたものではないということでいえば,アルツハイマーとの鑑別がちょっと難しいかもしれませんね。
田北
少量のベンゾジアゼピンがどの程度の影響を与えるかということはなかなか断言しにくいのですが,私は,特に80歳を超えた高齢の方の場合には,まずはそこら辺を疑ってみる。
睡眠剤というのは,基本的には,朝起きて仕事に行かないといけないのに夜眠れなくてつらいという人に飲んでいただいて,高齢者の場合は,眠れなくても次の日は朝寝坊していいわけですから,無理して飲む必要はない。睡眠導入剤は朝早く起きないといけない人が飲むべきものだと言って説得するのですが,大体の皆さんは言うことを聞かない。
長尾
そこを何かで置きかえるとか,何らかの形でベンゾジアゼピンをやめさせるというのは本当に難しいのですが,説得ということ以外に,やめさせるための工夫というのはありますか。
田北
最近は,ベルソムラとか,ロゼレムとか,いわゆる認知機能に影響が少ないと言われるようなベンゾジアゼピン以外の薬も発売されています。ただ,そこら辺の薬だけでスパッと眠れるという方は少ないのですが,私はよくトラゾドン―― デジレルとかレスリンを少量,25mg,50mgを使う。むしろそちらのほうがいいかなと思います。そういうことを試してみますけど,「睡眠剤を出してください」と言われて,「いや,それはだめです,出せません」と言うと,別の先生のところに行くかもしれないので,そこが難しいところだろうと思います。
長尾
急に起こってきた認知機能障害はアルツハイマー以外の病気,いわゆる治療可能な認知症を考えてくださいという話でした。急というのは,例えば,きのうからというような急もありますし,何週間あるいは何ヵ月という時間のスパンもありますね。大体どのくらいの時間のスパンですか。
田北
1~2ヵ月ぐらい,亜急性という感じで悪くなってきたとき。半年で悪くなるということは大分違うかなと思います。
長尾
治療可能な認知症で,薬の影響のことをお話しいただきましたが,それ以外でよく遭遇するものは何でしょうか。
田北
やっぱり身体疾患ですね。肺炎が起こっていたり,あとは尿路感染とか,いわゆる感染症系のもの。でも,これは比較的早く起こりますからね。
長尾
いわゆるせん妄ですね。
田北
そんな感じですね。あとは,脳腫瘍の人とかがたまにおられます。
長尾
慢性硬膜下血腫とか。
田北
それももちろんおられます。
認知機能スケールの使い方
長尾
では次に,診断の問題です。
長谷川式あるいはミニメンタルステート,こういうものを我々もよく使うのですが,実際にこれを使いこなすのはそう簡単ではないように思います。長谷川式とミニメンタルステートではどのような違いがあって,どのように使い分けるといいか,特にプライマリ・ケアの我々にとってはどうでしょうか。
田北
私は,どちらが優れていて,どちらがだめだということはないと思うのですが,どちらかというとミニメンタルのほうが,図形を描いたり,いろんな動作性の要素が入っているので,案外,点は取りやすいかなという気がします。たしかミニメンタルは23点以下,長谷川式は20点以下が認知症になっている。長谷川式は比較的短期の記憶に配点が寄っていますから,短期記憶だけをチェックするのであれば長谷川式のほうが鋭敏かもしれません。ただ,それは先生の好みで選ばれていいと思っております。
長尾
こういうスケールというのは,標準化してやらないと比較がなかなか難しい。例えば,長谷川式にしろミニメンタルにしろ,「桜,猫,電車」を即時再生してもらうという検査があります。これに1回で答えられない場合,2回3回と,6回までいいという話になっていますが,そのときの採点方法は?
田北
あれは1回目だけです。2回目以降で幾ら全部答えても0点です。1回目で2つ答えられたら2点。
長尾
要するに,1回目で点数は決まるということですね。
田北
そうですね。6回目まではその確認ということです。
長尾
それから,100から7を引くシリアルセブン,これも1つ目は間違ったけれども,その後はきれいにできたというケースがありますね。その得点はどのように。
田北
そういうケースもある。ですから,たしか92,86,79とか,そこのところは―― あれはオリジナルにはっきり書いてあるのかな。僕はそこを1回確認したことがあるような気がするのですけど。肥前におられた八尾先生は,「100から7を順に引いてください」と言って,92,86,79とできたら4点上げるとか,そういう感じでやっておられました。私は「100から7を引いてください」と言って,答えられたら「また引いてください」という言い方をしている。だから,私のほうが点数が取りやすいのかなと思います。高齢者の方は,「100から7を順に引いていってください」と言うと,その意味がわからない方が結構おられるので,私はそういうふうにしている。八尾先生は,どちらかというと,フィールドワークの健診みたいな形でしておられるので,そっちのほうでも十分できるのかなと。そこのところは,どっちが本道でどっちが邪道かというのは,なかなか言いにくいところがあるかもしれません。
長尾
先生がおっしゃったように,計算力ではなくて,注意力でひっかかるというところがありますね。ですから,何を診たいかということでしょうね。
田北
ミニメンタルでは,「桜,猫,電車,これを後から聞くから覚えておいてください」という言葉は入れない。長谷川式の場合は,長谷川先生がされているのを見ると,「桜,猫,電車,これを後から聞くから覚えておいてください」というフレーズが入っている。長谷川先生ご自身はそうしておられるみたいなので,そこのところは微妙に違ってくるのかなと。ある意味では,同じ方法でずっとやるのではなくて,別バージョンになってきているのかもしれないけど,1人の人に繰り返してやるのであれば,同じやり方を繰り返すという方法でいいのかなと思います。
長尾
経時変化を診るのであれば,それでいいということですね。
田北
そうですね。
長尾
あと,野菜の名前を言っていただく。あれも,急がせると点数が低くなったり,気長に待つと点数が上がったりしますね。これはどうなさっているのですか。
田北
僕は基本的には促さないようにしています。ただ,10秒ということですけど,10秒というのはあっという間。
長尾
そうですね,11秒で出たときには点数を上げてしまいたくなる。
田北
そこはちょっと難しいところで,野菜は女性に有利ではないかという意見もあって,動物がいいのではないかとか,そのようなことも言われています。
長尾
その辺は,男性で野菜が苦手だったら,使い分けとかをなさいますか。
田北
長谷川式はあまり使っていないけど,オリジナルでは野菜と書いてあるので,一応野菜でやったほうがいいのかなと。
長尾
それで点数が出ますけれども,先ほど先生もお話になったように,カットオフが決まっていますね。ミニメンタルだったら23点,長谷川式だったら20点,これ以下を全て認知症とは言えないと。
田北
そうですね,逆に上であっても認知症の場合もあります。ミニメンタルでいえば,遅延再生(桜,猫,電車の再生),時間の見当識,この2つが一番大きな要素かと思います。インテリジェンスの高い人は計算とかで結構点を稼ぐ。シリアルセブンでもあっという間に計算できるけれども,遅延再生が全滅で27点,これは認知症の可能性が高い。うちのクリニックには元教授といった方も時々来られるのですが,そういう方は計算が結構強い。ただ,短い記憶が悪くなっていたりするので,やっぱり時間の見当識と遅延再生に一番注目していただくのがいいのかなと思っております。
長尾
点数だけではなくて,どこで失点したかを診ることが大事ということですね。
田北
基本的には,その人の教育歴とかをあまり考えるなみたいなことを言う人もいますけど,やっぱりこれは如実に反映されるところがあるので,その人の教育歴とか職歴とか,そういう情報は十分にとっておかないといけないのかなと思います。
長尾
遅延再生を強調されましたが,これはアルツハイマー病の診断に際してということでよろしいですね。
田北
そうですね。
長尾
これは認知症のタイプが変わると,また少し変わってくるということですね。
田北
はい。
長尾
ほかに,今おっしゃったような意味合いで,ここが落ちているとこういう認知症が考えやすいとか,項目別に読み解く方法はありますか。
田北
初老期の方ですと,五角形を描くことができなくなったりします。ですから,ミニメンタルは28点ぐらい取るけれども,五角形が描けないといった視角認知障害が如実に出る方もおられます。それから,ミニメンタルは,どこでどうかというのは結構難しいのですが,レビー小体型認知症などは,案外,遅延再生が良くて点数を取る方がいる。そういう方は,何回かやってみると,良くなったり悪くなったりする。
長尾
結局,これはあくまでも補助的な診断であって,きちんと病歴をとるということですね。
田北
そうですね,やはりそれが一番大切だろうと思います。
非薬物療法
長尾
次は,治療に入りたいと思います。
患者さんよりもご家族かもしれませんけれども,よくあるのは,介護者の言うことをなかなか聞いてくれない。頑張れと言っても,1日中ソファーに座ってテレビばかり見て,やる気がない。そういうこともあるし,介護者が言うことに対して非常に抵抗する,反抗的であるといったような,いろんなパターンがあると思います。そういうときにはまず,薬を使う前に,患者さんやご家族にどういうアプローチをされますか。
田北
まずは非薬物療法の導入ということで,介護保険とかを申請していない方は,そういうものを使いなさいと。ただ,介護保険の知識がない方には,ナースがある程度アドバイスして申し込んでもらいます。
デイサービスに行きなさいと言って,喜んで行くのは高齢の女性です。特に独り暮らしの方は結構喜んで行きます。まれに例外はありますけど,行くとご飯も作らなくていいし,お風呂も沸かさなくていいし,ある意味では,デイサービスへ行くことで生活が楽になる。それで,お金もかからなくなる。考えてみたらサービスが9割引で利用できるわけですので,非常に喜んで行かれる。
夫婦でおられる男性はなかなか行かない。なぜかというと,夫婦の男性というのは,大体,奥さんが何でもしてくれる。ご飯も作ってくれるし,お風呂も沸かしてくれる。風呂,飯,あれを持ってこいと言ったら持ってきてくれるし,何で他人の飯を食いに行かないといけないのかと言うことが多いですね。そういう方はなかなか動かない。
僕は,まずは試しに行ってみてくださいと言う。私が最近言っているのは,「日本の主要産業の一つは介護産業だ」と。戦時中,零戦など,国の総力を挙げて作っていた航空機産業に従事した労働者が200万人と言われています。今介護に当たっている人が大体その200万人です。中学生とか女学生とか200万人を動員して零戦などを一生懸命作ってきたわけですけれども,それと匹敵している。考えてみたら,テレビ工場とか半導体工場とか繊維工場は,みんな中国とかバングラデシュに行ってしまった。デイサービスには案外若い人もいっぱい働いています。行ってみたら若いお姉さんがいたとか,そういうことに引かれて行き始める方もおられます。幸いなことに,80歳から見たら,40歳でも45歳でも若い女性なので,非常にありがたいことだと。
そこで,「介護保険証というのは,昔で言えば赤紙,召集令状です。昔陸軍,今デイサービス。もうそろそろ召集令状が来たと思ってデイサービスに行ってください」と,そんなことを言っています。だから,まずは1回うまいこと行っていただく。やり手のケアマネジャーといったような人がつくと案外うまいこと導入してくれることもあるので,そこら辺の能力の長けた方にお願いするのが一番いいのかなと思います。
長尾
最近問題になっているのは運転免許証ですよね。これも「はいはい」と返納する方はむしろ少数派だと思うのですが,この人はもう運転してはいけないだろうと思う人が運転しているとき,どうなさいますか。
田北
僕はずるいですけれども,「運転してはいけませんよと言いました」とカルテに記載します。ある意味では自己防衛かもしません。ただ,正直に言って,医者が運転をやめさせることは不可能だと思います。ですから,「運転をしてはいけませんよ,晩節を汚さないでください」みたいな言い方をしますけれども,それに反発して受診しなくなる方もおられますし,これは医療だけではなかなか解決できない問題かなと。むしろ医者にやめさせる義務みたいなものを負わせるのは,無理ではないかと思います。
長尾
あと,我々は,ひどい物盗られ妄想とか嫉妬妄想は専門の先生方にお願いすることが多いのですが,「ちょっと困るんですよね」と家族が悩んでいるケースなどは,どんな声かけをしたらいいのか。
田北
物盗られ妄想,嫉妬妄想というのは結構お困りになられます。我々精神科でメインの統合失調症などの妄想には,見張られているといった注察妄想とか,被害を受けるといった被害妄想もあるけれども,中には,血統妄想とか恋愛妄想といった荒唐無稽の妄想がある。例えば,「私の亭主は五木ひろしです」とか,「実は私は天皇家の末裔だ,無礼者」とか言う人がいる。五木ひろしが旦那で,近藤真彦が息子だから,五木ひろしがテレビに出ていたら喜んで見ているので,本人にとってみれば非常にハッピーな妄想ですけど,認知症の妄想にハッピーなものはない。基本的には,盗られる,いじめられる,浮気をされる,そういうもの。基本的には,なくなるのではないかという不安が根底にある。
嫉妬妄想というのは,非常に不条理な妄想のように見えます。例えばご主人が85歳,奥さんが83歳で,ヘルパーさんが来たら,ヘルパーと浮気すると思って追い返すとか,銀行の女に金を貢いでいると怒る人もいます。そういう妄想が出ると,ご主人も戸惑って,「私がそんなことをするはずないのに,こんなことを言うんですよ」と言う人もいましたし,中には「過去には過ちがありました」と,僕にそんなことを言われても知らないよと思うような人もいました。「本来は,大切なご主人を人に盗られるのではないかという妄想ですので,ご主人が大切だから盗られるのが怖いんですよ」と。阪大の池田先生が言っておられたように,「嫉妬妄想,物盗られ妄想というのは,大体,判こ,通帳,財布で,女性の場合は洋服とか化粧品といった大事なもの。ティッシュペーパーを盗られたとか水道の水を盗まれたといったものではなくて,大切だから盗られるんですよ」と,そういう言い方をする。
物盗られ妄想とかで本当に困っている,そこをどう対応するか。正直に言えば,非薬物療法だけではなかなかうまくいかない場合もあります。それで,薬物療法を行うことも再三あるわけです。これはまた後ほど話すことになるかもしれません。
でも案外,米を盗んでいったと言って嫁さんに食ってかかる人でも,ある程度良くなってきて,「米はどうですか?」と聞くと,「嫁がやっぱり持っていくんですよ。でも,どうも孫に食べさせよるし,孫も育ち盛りやけん,まあ,勘弁しておきます」とか,そんな言い方になってくることもある。解釈の仕方がうまくいくことによって,人間関係自体は円滑になってくる。
長尾
ある意味,妄想は患者さんの不安を表現したもので,その妄想があることによって落ち着くという部分もあるのでしょうね。だから,それを全部取り払うよりは,上手に共存していくという感じですか。
田北
そうですね,本人に納得していただくほうが,完全に治そうとするよりはいいのかもしれませんね。
長尾
そろそろ薬物療法の話に入りたいのですが,まず認知症,特にアルツハイマー病という診断がついたら,全員が全員,薬を飲むというわけではないと思います。まず,その適用をどう決めるか,この辺はどうでしょうか。
薬物療法
田北
確かに早期発見,早期治療と言います。アルツハイマー病に今日本で使われている薬というのは,ミニメンタルでいえば,たしかアリセプトだったら23点以下,イクセロンとかだったら20点から10点,レミニールも23点以下,ADASは18点以上でしたかね。実質上,ミニメンタルで20点以下ぐらいの人に治験をやっている。それで有意差を出してやっているので,アルツハイマーだと思っても,25点とか26点の人に本当に効くかどうかはわからないところがあります。
ただ,高齢者ではなくて若い方,特に70代前半までぐらいの方であれば,コリンエステラーゼ阻害剤系の薬をある程度積極的に使ってもいいのかなと思います。問題は,もう85歳を過ぎたご高齢の方で,ミニメンタルが23点以下になっていて,やっぱりアルツハイマーだろうという方に,いきなりすぐ積極的に治療をしたほうがいいかどうか。そういう方は往々にして,心不全があったり,いろんな身体合併症とかを持った方が多い。もちろんコリンエステラーゼ阻害剤を安全に使える用量もあると思いますけれども,まずは非薬物療法を導入して,生活の改善を図って2~3ヵ月たってから,様子を見ながら使ってみる。ですから,年齢とか,そういうもので,薬の積極性はちょっと違っています。
長尾
最初に始めるのはコリンエステラーゼ阻害薬が多いですか。
田北
そうですね。メマンチンは,治験を2本立てでやって,軽いほうではうまく有意差が出ていないので,やっぱり先発投手はコリンエステラーゼ阻害剤でいいのかなと思っております。
長尾
これも3種ありますけれども,専門家の難しい使い分けは別にして,実地医家がこの3種類をどのように使い分けていくかというあたりはいかがでしょうか。
田北
ドネペジルが1日1回でいいということで一番使いやすい。
長尾
しかも飲み薬ですからね。
田北
そうですね。独居の方にはこの種の薬を使ったらどうかと思いますが,管理するにしても1日1回が簡単ですよね。血中濃度の半減期が長いので,朝忘れたら昼,昼忘れたら夜に飲んでもいいということも言われます。「これは物忘れの薬だから忘れないで飲んでくださいね」とある患者さんに言ったら,「薬を忘れないで飲めるんだったら,物忘れの薬なんか飲まなくてもいいんじゃないですか」と反撃されました。ですから,1日1回というのはかなりのメリットになるかと思います。
逆に,ほかの薬も1日に2回3回飲んでいる方だったら,必ずしもその1回というのはメリットにはならないので,レミニール。どっちかといったら,レミニールのほうがマイルドな効き方をする。それから,これはエビデンスがはっきりしないけれども,アパシーではなくて,気分が少し憂鬱だとか,そういう,ちょっと抑うつ的な方には非常に功を奏するような気がします。
それから,リバスチグミンは,食欲に関してネガティブなところがない,むしろ食欲を増すのではないかと言われていますので,経口のコリンエステラーゼ阻害剤での食欲低下がある場合にはいいと思いますし,例えば1日1回,誰かが会うときに背中に貼ればいい。ほかにも薬をいっぱい飲んでいるから貼り薬がいいと言われる方もおられます。コリンエステラーゼ阻害剤を経口して副作用が出た方で,その種の薬を使うのが嫌な場合でも,貼り薬を剥げば約2時間で体内から半減する。だから,飲んだ薬は吐き出せないけど,貼った薬はいつでも剥がせる,いつでも撤退できるというメリットを持っています。そこのところをいろいろと考えながら使い分ける。効果については,どこのメーカーも自分のところが一番有力だという論文を出しているので,ある意味では仲人口だと思います。
長尾
今の話にもあったように,コリンエステラーゼ阻害薬というのは,どちらかというと賦活系の薬というふうな印象でよろしいですね。
田北
そうですね。
長尾
効果効能では,いわゆるBPSDの陽性症状も抑えるということがあります。私が使っていて,本当にこれが効いたのか,自然に治まったのか,よくわからないところがありますけど,やっぱり効いているのでしょうか。
田北
BPSDに直接効果があるかどうかというのはちょっと難しいですけど,早い時期から使い出すとBPSDが発現しにくくなるのではないかと。
長尾
これに対してメマンチンというのは,どちらかというと,陽性症状を抑える鎮静ですね。賦活系の作用も言われているようですけど,そのような位置づけで捉えておいてよろしいですか。
田北
そうですね。結構眠気がくる人もいますので,普通に考えればそうかと。そうではない方ももちろんおられますけど。
長尾
あと,我々実地医家が使う薬としては,抑肝散とかバルプロ酸なんかも,上手に使えればと思うのですが。
田北
抑肝散については,効く人にはかなり効くことがあります。カリウムが下がるとか,そういうことがありますけれども,パーキンソン症状とかが出ないので,安全に使いやすい。ただ,ちょっと飲みにくいというデメリットがある。
バルプロ酸については,単にいらいらするとか,単に興奮するという人には結構有効だと思います。ただ,おまえが財布を盗むと言って怒るような方,いわゆる妄想とかには効果がない。気分のほうには効果があると思います。根底に妄想とかがあって興奮される方には,やっぱり抗精神病薬を使わないといけないけれども,単に何となくいらいらして怒りっぽくなっている方にはいいのかなと思います。
長尾
バルプロ酸の初期量はどのくらい使っていますか。
田北
体格にもよりますけど,1日200mgぐらいからいきますね。
長尾
維持量としては平均的にはどのくらいですか。
田北
大体400mg。600mgを使う人はめったにいない気がします。
長尾
効果の判定をして,それを増量していくインターバルというのはどのくらいですか。
田北
4週間に1回ぐらい会っていますけど,あまり激しい場合は2週間に1回ぐらい来ていただいている。
長尾
抑肝散もそういうような時間経過で診ていいですか。
田北
抑肝散は最初から2パックぐらい使ってもいいかと思います。
長尾
効果の判定は1ヵ月とか,そのぐらいですか。
田北
はい。
長尾
我々が使う機会はあまりないかもしれませんけれども,非定型抗精神病薬は,妄想とか,そういうものに効くと言われています。一般の実地医家が使う時は,あれこれは使わなくていいと思うのですが,何か1つ,先生のお勧めの薬あるいはお勧めの使い方があれば。
田北
中洲のお店理論と言っているのですが,中洲にスナックは3,000軒あるけど全部に行く必要はないわけであって,行くところが2~3軒決まっていればいい。抗精神病薬も同じで何十種類とあるので,先生が言われたように,この薬だったらどの程度の効き方をするということがわかっているものを使う。
僕はずっとスルピリド―― ドグマチールを勧めている。量にもよるのでしょうけれども,パーキンソン症状が出やすいという非難を浴びることもあります。僕は1日25mgとか50mgとか,ごく少量を使う。効く人にはそれでも効きます。ただ,それでは歯が立たない人も結構いる。そうなると,基本としては,リスペリドンが一番いいかと思います。リスペリドンを最初は0.25mgとか0.5mgとか,先生方が使われるときは,せいぜい1mgぐらいにしていただければいいかと。もちろんパーキンソン症状が出ることがあります。
クエチアピン―― セロクエルも,特に睡眠をとるためにはいい薬だと思います。これも25mgとかで結構効く人もいれば,100mgぐらい飲んでもケロッとしている人もいる。むしろリスペリドンより幅があるかと。半減期が短いので,もし1日中ある程度効かせようと思ったら,朝,夕で分けて飲む。朝飲むと眠くなるということなら,朝はちょっと少なめに,夕方は多めにといった使い分けをしていかないといけない。ただ,クエチアピンは,糖尿病の既往歴がある方には禁忌になっています。糖尿病の患者さんの頻度は非常に高くて,そこのところをうっかり使って何かが起こると大変なので,その点では,リスペリドンのほうがある程度使いやすいのかなと。
長尾
どういう状況でも使いやすいのはリスペリドンだと。少し鎮静化系を使いたいと思うときはセロクエルですね。
田北
はい。
長尾
増量するときのインターバルはどのくらいですか。
田北
大体2週間ぐらいでいいと思います。
長尾
最後に,専門医である先生から,認知症を診るかかりつけ医,プライマリ・ケア医に,ここはぜひ診てほしいとか,期待することについてお話しいただけますか。
田北
まず,先生方が診察される認知症の患者さんというのは,恐らく認知症だから診てくださいと急に来られたのではなくて,長年通院しておられた方のご家族が,だんだん物忘れが出てきたと心配してご相談になられるケースが多いと思います。ですから,じわじわと出てきた場合,先生方が出している薬をもう一度検討していただく。先ほどは睡眠剤のことを申しましたけれども,ほかにも,最近多いのが鎮痛剤,トラムセットとかリリカ,そこら辺の薬もかなり広く使われている。むしろトラムセットはNSAID にかわって,腰痛とか痛み止めのファーストチョイスのようになっております。
ただ,これらの薬は全て自動車運転注意マークがついている。自動車運転注意マークは,抗ヒスタミン剤とか抗アレルギー剤にも結構ついていますけれども,そのマークがついている薬は,もし物忘れが起こった場合には一度検討していただければいいかと思います。
それでもやはり間違いないということで,急性とか亜急性の進行ではなくて,半年とか一年単位であれば,すぐMRI を撮らなくても,アルツハイマーらしい病歴があって日常生活に支障を来していれば,コリンエステラーゼ阻害薬を開始されてもいいかと思います。MRI とかCT は,そのうちにどこかの機会で撮っていただくということでもいいと思います。亜急性から急性に進む場合は,なるべく早く。BPSD が激しい方には,近くの認知症を得意としている専門医の先生に一度診ていただいて,ある程度コントロールしてから,また先生方に戻してもらう。
今,認知症の方は500万人ぐらいいると言われていますので,専門医だけで診察するのは到底不可能ですから,長年診ておられて認知症になってこられた患者さんには,ぜひかかりつけ医の先生が積極的に診療して,また,ご家族にもそういう介護のアドバイスをしてほしい。それは必ずしも先生がする必要はなくて,スタッフの方に得意になってもらって話を聞いてもらう。そういったことをされて介護サービスについても導入していただければ,先生だけでも認知症に十分対応できる能力がつくのではないかと思います。
長尾
本日は,診断のピットフォール,非薬物療法のやり方,あるいは薬物療法も非常に細かく,専門医のさじ加減も教えていただきまして,我々実施医家には大変役に立ちました。ぜひ明日から役に立てていきたいと思います。本当にありがとうございました。
バックナンバー