医療情報

大道学館コラム 第2回

心原性脳塞栓症をどう予防するか?

前回のコラムで、脳梗塞には様々な病態が存在することを紹介させて頂きました。治療法が異なるだけでなく、後遺症の程度も病態・病型によって大きく異なります。最も問題となるのは、高齢者に多く、後遺症が重篤で、多くの寝たきり患者を作ってしまう心原性脳塞栓です。

高齢者心原性脳塞栓の多くは心房細動を成因としています。心房細動があると、左心房の中で血液がうっ滞し、血栓ができやすくなります。生じた血栓は、心臓を出て大動脈を通り、内頸動脈・中大脳動脈・後大脳動脈など比較的大きな血管(=主幹動脈)に詰まって血流を遮断します。長い時間を経て主幹動脈が徐々に詰まるアテローム血栓性梗塞では、側副血行(バイパス)が同時に発達して血流を維持してくれますが、心原性脳塞栓では突然動脈が詰まってしまうので、側副血行ができる時間的余裕がなく、その効果があまり期待できません。いったん心原性脳塞栓が起こってしまうと、側副血行が発達する前に神経細胞が死んでしまいます。内頸動脈が急性閉塞すれば、大脳半球の2/3以上の領域が脳梗塞となります。

九州大学・第二内科の関連施設における脳梗塞患者10,000万人の調査(Fukuoka Stroke Registry)では、75歳以上の心原性脳塞栓患者が、全脳梗塞患者の約15%(6-7人に1人)を占めるという事実が明らかになりました。日本において年間20-30万人が脳梗塞を発症していると推定されますが、同じ割合で心原性脳塞栓が発生しているならば、この疾患のために3-4.5万人が寝たきりになっている可能性があるということになります。

ここで重要な点は、心原性脳塞栓は適切な治療(抗凝固療法)により予防できるということです。予防に関して言えば、検診システム、市民の啓発、治療不徹底など医療側の問題もあるかもしれません。高齢化社会を迎え、心房細動を有する患者数は増え続けることが予測されます。日常診療の中では、心房細動の発見に努めることが重要です。

では、心房細動患者を見つけたらどのように対処すべきでしょうか?

CHADS2 scoreという有用なスコアがあります。Cardiac failure (心不全)、Hypertension (高血圧)、Age (年齢) (75歳)、Diabetes (糖尿病)、Stroke or TIA (脳梗塞もしくは一過性脳虚血発作)の既往、の頭文字をとったものです。各項目を1点、Sのみ2点で計算します(6点満点)。2点以上では抗凝固療法が勧められています。無治療であれば、心原性脳塞栓症の年間発症頻度は 、点数の2竏鈀3倍の%となります。例えば仮にこのスコアが6点の人が治療を受けなければ、6×3で約18%、すなわち5人に1人弱の人が1年以内に心原性脳塞栓を発症する計算になります。後遺症が非常に重い病気であることを考えれば、医師はリスクの高い心房細動患者に対して責任をもって抗凝固療法を行うべきと考えます。抗凝固療法は出血という副作用を伴いますが、充分な降圧治療と厳格なモニタリング(血液検査)を行うことによって、重篤な出血合併症の予防は可能です。心原性脳梗塞をいかに予防するか、世界的にも大きな問題であり、ワルファリンにかわる新たな抗凝固薬の開発・販売がしのぎを削りつつあります。

第3回は、心原性脳塞栓予防の立場から、抗凝固療法について考えてみましょう。

(2011.10/27)

著者紹介
九州大学病院腎・高血圧・脳血管内科 講師
医学博士 吾郷 哲朗